乗鞍にて〜その1〜2000年10/4〜5

母と弟は紅葉が始まるとジッとできなくなる。毎日かと思われるくらい出歩く。
時間はあっても費用が調達できない私は、感動の話だけ聞く。
田舎に帰れば近くに連れて行ってはくれるが、高い山には登った事がない。
この年は「もうじき乗鞍が自家用車では登れなくなるから精一杯行こう会」発足で連れて行ってもらえる事に。

4日は美ヶ原に。ところが深い霧でなんにも見えず。弟は強力な雨男でゴルフ仲間からも敬遠されるほど。まあ、雨が降らないだけましかも?

何時頃だったか忘れたが、息子から携帯に電話が入った。
「お母さん、大丈夫か!?」と、第一声。震度6以上の地震があったんだという。
阪神大震災ほどでもないけれど、歩けなかったそうだ。
揺り返しが怖いから、目の前の神社なら木がたくさんあるから大丈夫だと思って避難したら、マンションの人が大勢来たと言っていた。
長野は大丈夫だが、岡山の家の方が心配になった。
何しろ干拓地で揺れが大きい。(子供の頃の大地震で紹介済み)
弟の携帯は圏外になっている。みけのでかけてみたが混んでいてつながらない。
公衆電話をさがす。阪神大震災で覚えた事が役立った。
母が、近所の人と話し、大きかったが被害はないというので安心して乗鞍の宿へ。

白濁色のイオウの香りが強い、みけ好きの温泉だ。(各家にも引いてある様子だった)
それが、ぬる〜〜〜い!!最高!!寒いほどで首までつかっていると、次第に身体が温もってくる。
いったん温もったら、どうしようもないほど熱くなってきて飛び出した。
暖まった身体はなかなか冷めず、とても気に入った。


翌朝5日快晴。
まず、善五郎の滝に。それから、どこかへも行ってから乗鞍に行くというので、母とみけは猛反対した。
午後になると山は霧が出るかもしれないから、とにかく頂上へ行こうと強く強く言い張った。
弟はしぶしぶ乗鞍へ。
結局それが大正解だった。

はじめのうちは紅葉にはまだ早いかと思ったが、登るほどに色づいてくる。
母とワ〜ワ〜キャ〜キャ〜騒ぎながら、その赤と黄の鮮やかさに見とれていた。
すると弟が「もうじきじゃのう。姉ちゃん、もうじきじゃあ」と言い始めた。
何でも森林の(背の高い木の)限界点が2500メートル(弟が言うには)で、そこから急に背の低い地面を這うような、這松(はいまつ)のようなものしかなくなるのだそうだ。
その紅葉を求めて今日は来たんだそうだ。

「もう、そろそろ・・・もう、そろそろ・・・ほれ!!」
と、そこには突然全く違う景色が!!
山の中では木々に囲まれて、その山全体の形など見えない。でも突然山自体の形がハッキリ!くっきり!!
周りの山々もハッキリ!くっきり!!くちを、あんぐりと開けたままでしばし・・・
「ねえちゃん、最高!ちょうどええで。な〜〜ぼっけえじゃろうがあ!!」
はい、身体が震えました。

乗鞍から見た景色

てっぺんの駐車場。早かったので、すぐ入れた。
このあとは満車で立ち往生していた。

ここで車を降りた私は寒さで歯がガチガチ鳴りだし、おまけに気分が悪くなった。
弟が「あ、姉ちゃん初めてじゃから身体が慣れてねえんじゃが。しばらく、ゆっくり、ゆっくり歩かにゃあおえんで。まず食堂で何か食べよう」
「気分も悪りいけえ、食べれん」
「でえじょうぶじゃあ。うどんでも食べりゃあ、良うなるけえ」
という事で上の写真の左の建物にある食堂へ。

ほんとだ。慣れた。
「早よう上に登ろうやあ」
「姉ちゃん・・・はいはい」

母も足をさすりながら途中まで登る

向こうに槍ヶ岳もハッキリ見える。
一緒に登ってきた年配の地元の方に
「この時期こんなにハッキリ槍ヶ岳が見えるのは久しぶりです。
すみませんが写真をおねがいできますか?」と頼まれた。
かわりに私たちも撮ってもらった。


帰ってからも感動が収まらず、主人と息子に「突然、登ってる山の輪郭まで見えるんやで〜〜」と騒ぎまくっていると「よし、行こう。次の日・月で!」

こらまた突然、初の家族旅行が決定されました。〜続く〜

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