澤熊講師と歩く

中山道:三留野宿〜妻籠宿
 2006.10.05.木

う〜〜ん・・・今日も雨予報・・・っていうか・・・もう〜降りそうやし〜・・・っていうか降ってるしぃ〜・・・
でも今日は中山道。山の中を歩くわけじあないから大丈夫やろ〜?
実は・・昨日の五番関・女人結界門ツアーで目が疲れて頭ガンガン!先週末は一泊でレンゲ辻の女人結界門を見てきたし・・オーバーペースもほどほどにせな〜アカンなあ〜・・
栄養ドリンク代がかさんでいる。アレルギー用の目薬も、しっかりと装備?し、いざ!中山道!
12:37 そろそろスタート地点に到着しそう〜〜!さっきまで降っていた雨も止み、何とか一日もってくれますように!と祈るのみ!

12:40 JR南木曽駅近くの「天白公園」にバスは到着。
身支度を調える前に「福沢桃介(ももすけ)橋」を見学。
この橋は、さっき川向こうに見えていた読書(よみかき)発電所を作る資材を運ぶために、福沢桃介が作った吊り橋。
吊り橋とはいってもアメリカ・ヨーロッパ形式で作ってあるので揺れたりしない。車は通れない。恐らく荷車用だろう。
平成5年に復元されたが橋そのものは当時のまま。

福沢桃介・・・想像できると思うが・・福沢諭吉の養子。

旧姓:岩崎桃介で、慶応大学で諭吉の書生をしていたが、養子となってアメリカへ渡り技術を学び、帰ってきてから七つくらいの発電所を作り、発電王となる。ここ「読書発電所」も、そのひとつ。

ちなみに・・近くには読書(よみかき)小学校もあり・・要するに「読書」とは地名なのだ。

裏話・・桃助と、芸者・さだ奴(ピカソが肖像画を描き、現在も残っている)とのも・・聞いちゃった・・聞いちゃった・・え?知りたい?・・ツアーに参加してね!



この橋を渡って行けば「JR南木曽」駅で、妻籠にも近くなるのだが「歩く&歴史」の澤熊ツアーは、そうはいかない。まずは木曽川に沿って妻籠とは反対方向へ・・目指すは三留野(みどの)宿の本陣跡!

13:31 中山道が設置される以前から交通の要所として、妻籠と並び栄えた宿場。
明治14年(1881年)大火災により焼失。 

13:36 日星山・等覚寺(とうかくじ):円空仏
円空仏は町内に六体あり、等覚寺には
韋駄天像以下三体あるが公開されていない。
最近物騒なので公開しなくなった。
でも〜!今日は「開けてぇ〜やぁ〜」と・・拝観できるし
ご覧の通り写真もOK!家の中の大切な像も拝観させてくれ
写真も写真も撮ったが・・真っ暗!・・靴をぬぐのを面倒がった
ための大失敗!・・宿題が残っちゃった・・

さて間もなく出発という時に雨がパラパラ・・こりゃあ〜完全に降り始めるか?とカッパを出すが「いやいや・・私は晴れ猫!・・傘で大丈夫!・・結局サっと通り過ぎただけでやんでくれた。ほぉ〜らネ!
13:53 読書(よみかき)小学校
おお〜!ホンマにある!スゴイ名前や!
すると・・こういう事の大好きな関西人!
オッチャン、走る!走る!走る!
学校は坂道の上なのだ!・・元気だなあ・・
14:06 目の前にJR南木曾駅が・・丁度正面に見下ろした位置にある。   
      そして「妻籠宿」の標識が。


母が、まだ若かった頃、妻籠・馬篭の宿に思いを馳せていて、やっと来たときには興奮して電話をかけてきたものだ。その妻籠宿に今から入る。
14:29 
木曽義仲公・巴御前ゆかりの「ふりそでの松」


すぐ側に「かぶと観音(兜を持ってる)」と木曽義仲が旗揚げ後に、ここで兜を置いて休んだと言われる石(表面にある小さな窪みは子供たちが遊んだため)もある。
木曽義仲は「宮ノ越宿」の側で旗揚げした時は、僅か70〜80騎だった。
ここ木曽は平地も少なく冬が長く米がとれない。従って人口も少なく、それだけしかいなかった。
「田毎(たごと)の月」・・ひとつひとつの棚田に月が全部入っている・・と言うほど、小さい棚田がたくさんあった。
「○○も 巴も入れて 田植えかな」・・人手もないので、正妻も妾も総出で田植えをしたほど、人が少なかった。

しかし、木曽・信濃・北陸を回って京へと上る間に倶利伽羅峠の戦い(夜、牛の角に松明をくくりつけて平家の陣に突進させ、スゴイ人数と思わせた)」に勝利し、我も我もと応援が駆けつけ、人数が膨れあがった。
14:43 上久保(うわくぼ)の一里塚・・・江戸から数えて78里目の一里塚
これが一里塚。
道路の両側にあったが、片側にしか残されていない。これほど土を高く盛ってたんだ〜!

一里塚の基準は五間四方(約9m)高さ1丈(約3m)で、塚上に松などを植えた。
14:56 妻籠宿と妻籠城址への分岐
戦国時代から妻籠は木曽の南の押さえとして重要だった。

せっかくだから妻籠城址へ往復。(ピンクの方向)。右の写真は入り口。
15:05 城郭址
ここからは妻籠宿が一望できる!

ここまでの道はフカフカの絨毯!枯葉の層!
素晴らしく気持ちの良いビロードの上を
歩いているような・・・歩いた事は無いが・・
もっともっともっと歩きたいっ!
さて・・いざ!妻籠宿へ!・・と思ったら雨がパラついてきた!小降りだが、これは止まないだろうなあ・・もともと雨が降るのが当たり前の予報の中を歩いてるんだから、しゃ〜ないなあ〜。まあ、急な坂などは終わったから傘だけで十分だ。

15:24 
鯉ケ淵




鯉というより・・
ガマの姿のような・・

私は、この木の板が
随分お木に入り!
15:26 妻籠・口留番所(くちどめばんしょ)跡
戦国時代から17世紀半ば頃まで、ここに番所(関所)があった。
関所は、その後、木曽福島に統合された。
15:26 高札場
幕府が庶民に対して禁制や法度などの「おふれ書き」を出した所。
←南木曾町博物館

脇本陣・奥谷歴史資料館




←本陣跡
代々、島崎氏が務めた。馬籠の島崎氏と同族で、幕末にも妻籠から「ぬい」が馬籠の正樹(夜明け前の主人公・青山半蔵)の元に嫁いだ。7人の子をもうけ、末子が「春樹」(のちの島崎藤村)だった。
藤村の次兄・広助は妻籠宿本陣の養子となり、最後の当主となった。
その後、本陣は取り壊されたが平成7年に江戸時代後期の間取り図を元に復原された。
書状集箱
(ポスト)
実際に使われている!
←観光案内所
ここのトイレを借りて・・
誰もいなかったから
汗にまみれた
下着や服を着替えた!








15:40 枡形(ますがた)敵の侵入を食い止めるため道をわざと曲がらせて造った
ここを右へとると「寺下」という通りになり、夕暮れに提灯に灯りが入ると何とも言えない情緒がある。
今日は少し灯りが入りムードが漂っている。澤熊講師オススメの時刻である。

16:20 だったかな・・?
何とか、ひと通り見学を終え、バスは出る・・一路大阪へ!
連日の疲れがピークに達してきているけど大満足の一日でした!


え〜・・ここに書いた内容は、澤熊講師のお話からです。

妻籠宿の観光協会のHPありましたの、詳しく知りたい方はクリックして下さい。
(内容は見てないので、食い違い等あっても知らんもんね〜!)
澤熊講師と歩く目次

本館入り口

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