澤熊講師と歩く 紅葉の湖南三山  

秘仏を訪ねて 2008.12.04.木
平成16年10月1日石部地区と甲西地区が合併して「湖南市」が誕生した。
翌年、常楽寺・長寿寺・善水寺の三ケ寺を湖南三山と名付けたそうで、名乗りを上げてから、まだ若いのである。

湖北観音霊場も、ここ、湖南観音霊場も、自分たちの仏様を守るために、集落をあげて協力した。信長の焼き討ちや戦火から仏様を担いで逃げ、田畑に埋めて隠してみたり、様々な工夫を凝らして守ってきた。仏像の痛みは激しいが、素晴らしい存在感で私を感動させてくださった。

また、人口の減少から、たくさんの寺院が廃寺となってしまい、各寺のご本尊様を集めてもあるので、多くの仏像が集まっている。

私はこういうレポートは苦手なので、上のリンク先を読んで欲しい。あと、澤熊講師と行動をほぼ同じくする
「サイコロさん」のレポートを読んで欲しい。



9:32

常楽寺


寺に向かう道路に注連縄が張ってあった。結界か?

湖北も湖南も普段は締めている所が多い。この常楽寺もそうである。今の住職さんの師匠が管理していたため、あとを任されたそうだ・・(任されたくなかったそうだ・笑!)・・

左の仁王様の頭部は割れていた

山門は、秀吉によって伏見に移され、その後、毛利輝元によって円城寺の大門に移された。現在のものは、その後に建てられたもの。
「師匠に任されたものの・・本格的に来たときにはジャングルのように樹々が生い茂り草ボウボウで・・お陰様でチェーンソーもパワーショベルもつかえるようになりました。今では(お賽銭で)小銭が貯まると植樹をしております。
一本一本、増やしていったので、紅葉の時期が違ったりしますから、長く楽しめます。あとで、本堂内へと入って頂きますが、小銭が貯まったら・・と、思っておりますので・・(笑!)」


本堂内は(風神)・雷神・四天王様・観音様の眷属・28部衆・・痛みは激しいが迫力があって・・いつまでも眺めていたいと思える雰囲気をも持っていた。

10:45

長寿寺

ここの三重の塔は織田信長によって安土城へ(今でもある)、楼門は栗東市の蓮台寺へ・・移築されてしまった・・

返せ〜〜〜っ★

バスの窓に・・
この寺には関東からのツアーが多いそうで、しかも「一時間くらい話して欲しい」と頼まれるそうだ。その後も境内をくまなく見学し、他の観光へとまわるそうである。

「大阪からは初めてですなあ。しかも忙しいから話は10分でええという(大爆笑!)

実は、アメリカから建築学を学んでいるという学者さんが来て、ハシゴをかけて屋根を調べていました。他に手伝う人がおらんから、年取った私が支えました。彼は感動して震えているのかと思ったら、高所恐怖症やいうて・・それでも見たかったんでしょうなあ。

近所の方のお嬢さんがイギリスへ行きましてなあ。そこで、この寺が本やTVに出たというて驚いたそうです。建築学では貴重で学ぶ事が多いらしいですわ。

今では剥げてしまいましたが、屋根裏は朱色で、化粧屋根裏・・・はい。10分」
本堂・左手奥にある
三重の塔跡

弁天堂


11:28

正福寺

近江は壬申の乱の影響が大きい。
この辺りは新興住宅地になり、集落で伝わってきたことが今はもう、なくなってきている。
1568年当時の近江の守護・六角氏が、織田信長の上洛を阻止しようと挙兵したとき、僧兵や宗徒らが加わっていたことを知った信長が、比叡山焼き討ちに続いて。翌年、この地に兵を向けました。

ことごとく焼き払われましたが、里人によって仏像は隠され、火難を免れました。



さて・・残りの三ケ寺は・・コチラへ・・GO♪
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