彦根城周辺・鉄砲の演舞  2005.03.20.日

駅前です
ここの観光案内所は、とっても親切です
駅前の大通りをまっすぐ進めば護国神社です。ここを左に回って行けば 左端が(見えないけど)お城です。カメラで写している人が何人もいました。ここをまっすぐ歩くのですが、堀を覗いてみると・・
覗いて見ると・・・向こうに小さく・・・写真が小さくて見えませんが城があります。 さっきの道路をまっすぐ行くと、碑があります。 更にまっすぐ・・・ここを右です。
ありました〜!井伊直弼が青春を過ごしたという埋木舎(うもれぎのや)です。 ¥300です。入り口を(門を)入った所です。ここを左に回って中庭から見学。 中庭からの様子です。
上の門を中から見た写真です。この門は向こうの(表から見える)柱の2本だけで支えられています。こっちの2本は・・・ ・・・これ、このように浮いているんです。分かるかなあ??きちんと上の屋根についていないんですが・・・ そして門の内側にだけ菊の花の鬼瓦が取り付けられています。仏教も学び得度も受けた直弼は、外から見れば武家屋敷、中から見れば寺のようにも作ったのです。
門を入ったところにある、最初の玄関の土間に直弼が15年間使った駕籠が昔のままの状態で置かれてあります。

花迎・・・花の心でもてなす、の意味。

ついたての向こうに見える木の戸を開けると・・・部屋がありそうですが、ないんです。
それでマークなんです。

左が直弼の住居・客間などですが、右は(見えませんが)女中などの控えの間。当然の事ながら女が集まると賑やか。どんなに囁くように話しても聞こえてしまいます。当時は主が叱りつけたものですが直弼は怒らないで「声が聞こえない住居」を作ったそうです。
このついたてをどかして、木の戸を開けると・・・そこには隠れた空間があるんです。下は土間で(家の中にも土間がある)上には屋根まであります。小さい空間ですが、これで声は遮断されるのです。
おまけに風まで抜けるように設計されているので声はほとんど聞こえなかったといいます。

直弼は彦根城主の14番目の男の子として生まれます。
母が亡くなってからの15年間をここで過ごしたそうです。
勉強が好きで14科目(だっけ?聞き違い、覚え違いかも?だったらゴメンなさい)を学び、その傍ら武芸や陶芸などにも興じ「余は4時間(今で言う4時間)あれば足りる(睡眠)」と言っておられたそうです。

歴史の教科書では安政の大獄で急に登場しますが、それはそれは努力家で優しい人でした。

柳が好きで庭にも何本か植えられてあります。



「むっとして もどれば庭に 柳かな」
と歌を詠むくらい好きだったようです。

受付の、おじいさんが
「今日は人が少ないからの事は普段公開していないのだけれど、今日は特別に見せてあげましょう」
と言って玄関先をあけてくれ、さっきのを開けて見せて下さったのです。
上記の説明も全てして下さいました。
ですから私の霞がかかった頭で覚えたものなので間違っているかもしれません。
調べて書けばいいのですが、そんなんしとったら面倒でイヤになるので、勝手に書き散らかします。

真偽のほどの調べはセルフ・サービスといたします。


それから城へ行き、玄宮園にも入れる入場券を買い、鉄砲の演舞の場所を聞いた。
窓口の人はもちろん、隣の窓口の方まで親切に2人して教えてくれた。
城の外の堀の土手で行われるから、まだ城に入らない方がいいらしい。
先に玄宮園を見る事にした。充分見ることはできないが、仕方がない。
あと40分もジっとしているのは大変だ。それに人だかりも全くないから場所取りも大丈夫だろう。

玄 宮 園



そうこうしていると15分前。さすがに場所をとらないと!ちょっと距離があるので急いだ。
まだちらほらで私が取りたかった場所が広々と残っていた。
ツアーなどの人は橋の欄干に腕を乗せている。特等席のようだが、角度的には悪い。マイクの声は良く聞こえるだろうが。

鎧に身を固めた武将が7人現れた。わ〜い!ドキドキ!ワクワク!



それがもう!ものすごい大音響!最初は驚いて写真がブレちゃった!周りの人達も悲鳴をあげているほど。
「つるべ撃ち」は左から順番に撃っていく。この時ばかりは動画がほしい!

私が大学の頃、母と上の弟と来た事がある。その時は醒ヶ井の養鱒場にも行った。 この角度から見たのが好き。 「天秤櫓」豊臣秀吉が築いた長浜城大手門を移築したといわれている。橋を軸として天秤のように左にも同じ櫓があるので、そう言われた。
「太鼓門櫓」本丸の表口を固める櫓門。敵の侵入があれば太鼓をたたいて知らせる 「親善都市」水戸の梅
音がするので眺めてみると2回目の演舞が始まっていた。へえ〜!ここからも見えるんだあ! 階段は急で歩きにくい。母達と来た30年前は木の階段だったが今は金属ですり減らないように滑らないようにしている。 城の中は広く梅の公園まである。昆布茶か笹酒の無料接待があった。え?もちろん!笹酒を一杯!

あとは城下の散策。大手門を出て右に曲がる。道に沿って行って突き当たり左に曲がると右手に滋賀大学が見えてくる。
更に進み、信号があるが、通り過ぎて行き、次を左に曲がれば・・・牢屋跡と義言地蔵。

  


左へ道なりに真っ直ぐ歩くと・・・面白い石がある。

「腹痛石」である。触ると腹痛を起こすと書いてあった。
メジロさんが調べて下さったところによると・・・

遠くから観音様をお参りに来た人が水を飲んでホッとして、疲れが出て座った石だそうです。
だから、移動しようとして触ると、腹痛!


まもなく「キャッスル・ロード」といわれる賑やかな通りに出る。ここは「あかり館」
変わった蝋燭が売られている。私は「浮く蝋燭」を買った。¥210。
世界初の自転車。彦根藩士、平石久平次時光が完成させた。TV朝日で紹介され番組で復元されたこの復元車が寄贈されたもの。 ペダルが・・・下駄というのも面白い。
いやいや、当然かあ!
ここは「招き猫」の店。手作りのかわいい猫ちゃん達がいっぱいいるが高い。 この奥の方に郵便局のキャッシュ・コーナーがある。ここは「両替商」と看板を出した銀行のATMがある。 つきあたりのように見える所を心ばかり左に行けば、大きなケヤキの通りに出る。
そこを左に行けば彦根駅の方だ。
なんと!伊吹山が姿を見せてくれた。 何ともいえない哀愁
・・・と、いう事で今日のおでかけは終わり。

15:14発新快速・姫路行き?だというので乗ると何と普通!おかしいなあ・・・表示も確かめたのに・・・すると・・・
「本日、福岡地方の地震のため新幹線に遅れが出ました。そのためダイヤが乱れております事を・・・」

え?またトラブルトラブル?しかも地震?
金曜日にパ^ト先で「阪神大震災より小さいけど大きい地震が近々あるかも」って言ってきたばかりなのに・・・


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